鮎喰川の左岸、標高6m前後の沖積世扇状地上に立地する。阿波国府の推定地内にあたる。1996年(平成8年)以降、道路建設に伴って継続的に発掘調査が実施され、多数の木簡が出土するなど、全国的にも注目される遺跡。
調査地全体には奈良〜平安時代の遺構が多数検出されているが、舌洗(したあらい)川の旧河道から出土した多量の木簡の記述内容により、近隣に国府および国衙が存在することががほぼ確定した。
国府の中心的な役所(政庁)の遺構は確認されていないが、これまでの調査成果から各施設が散在して確認されている。こうした施設は南北方向に分布していることから、阿波国府では方形の区画に整然と配置されていたのではなく、南北に広く展開していたと考える説が有力となっている。
また遺跡の南側と西側には国分寺・国分尼寺が造営されており、この地域一帯が奈良時代以降平安時代まで阿波国における政治・経済の中心地であったことがうかがえる。
なお、不定期であるが、出土遺物のうち木簡のレプリカが徳島県立埋蔵文化財総合センターで展示されている。|
多数の木簡が出土した古代の川の跡
観音寺遺跡で出土した「なにわづ」と書かれた木簡
観音寺遺跡で出土した論語の一部「子曰く・・・」が書かれた木簡
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| Page Name : | 徳島市/観音寺遺跡 |
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