現在の地表面から2〜4m下層より発見された低地性の集落。1994年(平成6年)〜1998年(平成10年)にかけて行われた道路建設に伴う発掘調査により、竪穴住居跡19棟などの遺構が検出された。
土器と石器に水銀朱が付いていたが、多くは朱の精製時についたものと見られており、朱の精製としては全国的に見ても古い段階のものである。遺物には、土器(深鉢・鉢・浅鉢・双耳壷)、石器(石鏃・石匙・石錘・石斧・磨石・台石など)がある。土器の表面はヘラ描の区画に縄文で埋めた文様によって華麗に飾られる(磨消縄文)。遺物の中で特殊なものに石棒・円柱状土製品・亀形土製品があり、特に土製仮面が注目される。顔面全体に丸い道具で突き刺した模様がある。
多数の竪穴住居跡が見つかった縄文時代の生活面
1992年(平成4年)から始まった徳島南環状道路建設に伴う発掘調査により、徳島県では最大規模の弥生時代の集落遺跡であることが判明した。現在までに、竪穴住居跡約100棟が見つかっている。
大量の遺物の中で、とくに注目されるのは銅鐸である。鰭と呼ばれる縁の部分を太い線で飾る突線鈕式と呼ばれる銅鐸の中でも最新型式。1992年12月18日に発見された。銅鐸は木製容器に納めて埋められたと考えられ、土坑の周りには、7本の柱穴が確認されている。このような埋納状況が判明した銅鐸は非常に珍しく、銅鐸の謎を解く鍵となる。1995年6月15日に重要文化財(考古資料)に指定された。
そのほか、鉄器を製作したと考えられる鍛冶遺構も見つかっており、集落内での鉄器生産を考える上で興味深い。
出土遺物は徳島県立埋蔵文化財総合センターや、遺跡に隣接する徳島市立考古資料館で展示されている。
矢野銅鐸
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| Page Name : | 徳島市/矢野遺跡 |
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