とくしま埋文ニュース

  
投稿者 : webmaster 投稿日時: 2015-03-13 17:00:00 (752 ヒット)
県内の埋蔵文化財ニュース

徳島県観音寺・敷地遺跡出土品の重要文化財(考古資料)の指定について


 文化審議会は、平成27年3月13日(金)に同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、国宝・重要文化財の新指定16件を文部科学大臣に答申しました。この中に、徳島県の「徳島県観音寺・敷地遺跡出土品」が含まれていますので、ご紹介します。


特徴・評価

 今回、重要文化財にしてされる徳島県観音寺・敷地遺跡出土品(922点)は、平成9年度から平成20年度の環状道路建設に伴う発掘調査で、徳島市国府町観音寺・敷地で主に流路跡(りゅうろあと)2条から出土した阿波国府に関する出土品です。
 飛鳥時代から平安時代の資料が大半で、「観音寺(かんのんじ)・敷地(しきじ)木簡」として知られる多数の木簡や墨書土器、役人の身分を表す腰帯具、文書行政に必要な銅印、硯など政務を表すものや、斎串(いぐし)や人形(ひとがた)などの祭祀具(さいしぐ)具や農工具(のうこうぐ)・紡織具(ぼうしょくぐ)・建築部材などの木製品、漆関連製品、武具(ぶぐ),瓦(かわら),楽器(がっき)など祭祀や生産・生活を表すものがあります。また各時期の指標となる土器などを含めて,古代地方官庁の多様性を示すものが多数出土しています。
 7世紀中頃の「論語(ろんご)」木簡は棒状の四面体のうちの一面に『論語』学而篇(がくじへん)第一(だいいち)の一節を記し,我が国への論語の流入状況を示すものとしても貴重です。また7世紀後半の「五十戸税(ごじゅうこぜい)」木簡や「板野国守」木簡は国府の成立段階の様相を示すほか、8世紀の「勘籍(かんじゃく)」木簡は戸籍を検査し身分を確認する阿波国司と中央官庁との行政手続きを示しています。
 また、木製祭祀具については、斎串や立体的な人形・刀形・舟形などは継続的に使用されますが、7世紀末以降に扁平で板状の人形や刀形などが加わるなど、在地的な祭祀と律令的な祭祀が重層的に行われている様子がわかりました。
 これらのことから、木簡をはじめとして指定品は古代地方官衙に関する諸要素が網羅されており、政務や律令制度の実態、官人層の生活等を復元する上で重要です。さらに出土品は7世紀から10世紀と連綿と認められることから,律令制の浸透、経営の実態など、古代律令制化の歴史環境を具体的に解明する上で重要な歴史資料であり,阿波国府成立過程や終焉を知る上でも,その学術的価値は高いものです。




その他の「徳島県観音寺・敷地遺跡の重要文化財」の写真はこちら


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2015-03-09 22:44:15 (670 ヒット)
県内の埋蔵文化財ニュース

県指定史跡「大代古墳」の一般公開について、徳島県教育委員会から情報公開されています。詳しくは、次のリンク先を県指定史跡「大代古墳」を一般公開します参照して下さい。



投稿者 : webmaster 投稿日時: 2015-03-03 21:51:16 (747 ヒット)
県内の埋蔵文化財ニュース

徳島県板野郡藍住町勝瑞の国指定史跡「正貴寺跡」を発掘調査していた藍住町教育委員会は、寺の本堂とみられる大規模な建物跡が見つかったことを発表しました。

3月7日午前10時半〜正午に現地説明会が開催されます。

詳しくは徳島新聞社の記事を参照して下さい。


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2015-02-26 08:09:54 (680 ヒット)
県内の埋蔵文化財ニュース

小松島市新居見遺跡現地説明会の開催について


 平素は当埋蔵文化財センターの業務にご理解とご協力を賜り、感謝申し上げます。
 さて、小松島市新居見町新居見遺跡では、四国横断自動車道建設の事前調査として、平成26年8月から発掘調査を進めています。

 つきましては、多くの方々にご覧いただけるよう次のとおり現地説明会を開催いたしますので、ご参加いただけますようよろしくお願い申し上げます。

1 日時 平成27年3月1日(日)11時〜
2 場所 徳島県小松島市新居見町




3 遺跡内容

 新居見遺跡は縄文時代から室町時代に至る複合遺跡で、平成 21 年度から調査を実施している。
 今回の発掘調査では室町時代の有力者層(名主)の屋敷地を新たに確認した。



   屋敷地の検出の様子。



   羽釜が出土した時の様子

 この屋敷地からは建物跡などが見つかっている。出土品では他地域からの運ばれてきた陶磁器類などが多数みられるほか、茶入れ壺など喫茶文化の広がりを示す道具類も顕著である。



   茶入れ壺が発見された時の様子。

 これらの発見や文献の記録から、新居見遺跡は勝浦川流域と小松島港(「小松島浦」「小松島津」)などとを結ぶ地点に展開しており、地域において拠点的な屋敷地の性格を持っていたと考えられる。

4 連絡先 公益財団法人徳島県埋蔵文化財センター TEL 088−672−4545





   発掘調査の様子。


投稿者 : webmaster 投稿日時: 2013-12-18 13:36:03 (1073 ヒット)
県内の埋蔵文化財ニュース

 平成25年度に実施した徳島市徳島城下町跡徳島町一丁目地点の発掘調査成果が以下のようにまとまったので、報道発表するとともに遺物展示会および解説を開催します。

1 調査の概要
 遺跡名 徳島城下町跡徳島町一丁目地点(とくしまじょうかまちあと とくしまちょういっちょうめちてん)
 所在地 徳島県徳島市徳島町1丁目5
 調査面積 4,078平方メートル
 調査期間 平成25年6月1日〜平成26年3月31日
 調査原因 平成25年度徳島地家簡裁庁舎敷地埋蔵文化財発掘調査

2 調査成果の公開
 日時 平成25年12月21日(土)〜12月27日(金)午前9時〜午後5時(なお、12月23日(月)は休館日です)
 場所 徳島県立埋蔵文化財総合センター(板野郡板野町犬伏字平山86−2)
 展示解説 平成25年12月21日(土)午前10時〜、午後1時〜
 問い合わせ先 公益財団法人 徳島県埋蔵文化財センター 電話088-672-4545




発掘調査地点の様子

3 遺跡の概要
 徳島城下町跡徳島町一丁目地点は徳島市徳島町1丁目5に所在し、明治11(1878)年に高知裁判所徳島支庁庁舎が建設されて以降、徳島地方裁判所が設置されている。近世期は徳島城の外郭にあたる「徳島惣構」を構成する「徳島」の一角に位置した。この「徳島」は、徳島藩蔵や藩の家老・中老・物頭等上級家臣屋敷地によって構成された。
 今回の調査地点は、安政年間(1854年〜1860年)作製の「御山下島分絵図(徳島)」には、「新御蔵」敷地と徳島藩中老森甚太夫家、中老武藤左膳家敷地として、徳島城下町成立期にあたる正保3(1645)年「阿波国徳島城之図」には「蔵屋敷」として記載されていることから、徳島藩御蔵や上級武家屋敷地の一角に該当する。

4 調査成果
(1)徳島藩御蔵(「蔵屋敷」)で確認された溝状遺構より荷札木簡が出土。
 出土遺構 5号溝状遺構
 時期   17世紀後半
 出土点数 226点

(2)出土木簡
 荷札木簡が大多数を占める。釈読可能木簡(110点)は、形状および記載内容から荷札木簡と判断される。釈読不能木簡も形状等から荷札木簡と推定される。
 形状は、俵物に突き刺すために先端を尖らした一群、俵物から吊り下げるために紐通し穴をあけた一群、俵物から吊り下げるために上部左右に抉りを入れた一群などがあり、多様である。
 表面には、『品名』、『生産地』、『人名』が記載されている。
  『品名』 「米五斗」。徳島藩では5斗を俵1俵とする。「麦五斗」を2点確認。
  『生産地』 「上佐那河内村」「浅川村」「くし川村」「大野村」「吉野村」「板野郡」等。名東郡佐那河内村や海部郡が多い。
  『人名』 年貢納入者名。



出土した木簡の様子


 裏面には、『日付』、『作業項目』、『役職』、『地名、村名』、『人名』が記載されている。
 『日付』 旧暦10月下旬〜11月上旬(新暦11月下旬〜12月上旬)。年号は未記載。
 『作業項目』 「升取」(年貢米の品質検査)。「御受取」が1点確認された。
 『役職』 「五人組」,「五人与」が殆どである。
 『地名、村名』 五人組の村名か?今後の検討課題でもある。
 『担当者名』 五人組のうち、検査担当者名。 

 表面は、年貢納入に伴い記載されたと推定される。

 裏面は、年貢米の品質確認検査に伴い記載されたと推定される。

 出土荷札木簡は、年貢米納入・品質検査証明と位置づけられる。

5 まとめ
今回出土した荷札木簡は、文献史料だけでは明らかではなかった徳島藩における年貢米納入システムの実態を示すものである。
・調査地点が年貢米を収める徳島藩の新御蔵に該当し、絵図面に描かれた「蔵屋敷」や「新御蔵」と合致することが確認された。徳島藩の御蔵地から納入された年貢米で、藩士には扶持米制により支給されたと推定される。

徳島県教育委員会/公益財団法人 徳島県埋蔵文化財センター


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